日本語とスワイプ入力について

今、アルファベット圏を中心にソフトウェアキーボードを一筆書きでなぞって入力するスワイプ入力という入力方法が普及してきています。このスワイプ入力については以下の2つ記事で詳しく取り上げられていますのでぜひご覧下さい。(どちらも角川アスキー総研の遠藤諭様の執筆記事です)

​また、次の動画では、スワイプ入力の本気の速さが分かります。

このようにスワイプ入力は、言語が違うので直接の比較はできないものの、日本のフリック入力が霞む程の速度で入力できることが見て取れます。またスクリーンをなぞって入力する方法なので、画面にタッチする回数が少なく、指の負担も軽減されます。そのため速く入力しようと頑張らなくても十分に速さを保ちながら楽に入力できそうです。

ところが、このスワイプ入力の日本語対応版が数年前に1度投入されてから改良されず、その後、マイクロソフトやGoogle他、複数の企業が多くの言語圏にスワイプ入力を投入するようになりましたが、各社とも日本語には対応していません。

世界的にスワイプ入力が普及する中で、日本語は事実上スワイプ入力非対応言語になってしまっています。

なぜ日本語にはスワイプ入力を投入されなくなったのか、ということには疑問が湧きます。もしかしたらそれは「日本では既にフリック入力が主流になっているので、スワイプ入力を投入しても支持されないだろう」という企業判断かもしれません。しかしこれだけ各社揃って日本語版を出さないのには、何か日本語の特性にスワイプ入力には適さない要因があるのではないか、とも考えられます。

そこで日本語とスワイプ入力について考察してみました。

​アルファベットでのスワイプ入力

スワイプ入力は、文字数分を何度も画面にタッチして入力していた従来の状態から、複数の文字分を画面をなぞって入力できるようにしたことで、タッチを減らして入力できるようにしたものです。

ただし、なぞる軌道の上にある文字の組み合わせが複数ある場合、確実に意図した単語が入力できるわけではありません。たとえば「TEXT」と入力するつもりでキーボードをなぞっても、指の通り道に「S」があると「TEST」も候補になります。しかしこのような場合でも、入力行に表示される単語が意図した通りの「TEXT」であれば、他の候補を選択をし直す必要がありません。スワイプ入力ではソフトウェア的な手法で、できるだけユーザーが入力を意図した単語が最初に表示されるように工夫されています。

​日本語でのスワイプ入力

一方、日本語で同様のスワイプ入力を実現しようとすると、まず漢字変換の問題にぶつかります。たとえばスワイプ入力で「KOUTEI(こうてい)」となぞる場合、指の通り道に「R」もあるので「KOUREI(こうれい)」も認識されます。

仮名だけなら2択の候補選択で済みますが、漢字変換の候補もあるので「工程・行程・肯定・公邸・・高齢・好例・恒例」と一気に候補が増えてしまうことになります。また素早い操作ではどこをなぞっているかが曖昧になるので「JOUREI(条例)」なども候補に入ることがあります。

このように日本語では漢字変換とスワイプ入力の2重の候補選択が生じるため、アルファベット系の言語に比べてスワイプ入力では不利だと思われます。

 

また、日本語に漢字変換が必要なのは、漢字に同音異義語が多いためですが、1つの漢字に対するヨミの音も短い(大抵仮名で2文字)ので、漢字語句では発音も僅かな差になるケースが非常に多くなっています。

たとえば子音1文字が違うだけで「KOUJOU(こうじょう)」「SOUJOU(そうじょう)」「NOUJOU(のうじょう)」「TOUJOU(とうじょう)」「HOUJOU(ほうじょう)」「JOUJOU(じょうじょう)」「DOUJOU」(どうじょう)」「GOUJOU(ごうじょう)」など、多くの単語が存在することになります。

もちろん2文字の変更を許容すれば、さらに多くの単語が存在することになります。たとえば、上の例でJをHに入れ替えると「KOUHOU(こうほう)」「SOUHOU(そうほう)」「NOUHOU(のうほう)」「TOUHOU(とうほう)」「HOUHOU(ほうほう)」「JOUHOU(じょうほう)」「DOUHOU(どうほう)」「GOUHOU(ごうほう)」となります。

このように日本語では1字違い2字違いの単語が非常に多く存在しています。

そしてスワイプ入力では一筆書きでスクリーンをなぞるので、明確に1つ1つのキーをタッチするのとは異なり、なぞった軌道近くのキーもタイプを意図したキーの候補とみなして処理します。

そうすると、QWERTY配列の場合、HとJのキーは隣り合っていますので、「KOUJOU」と「KOUHOU」のどちらも候補として拾いがちになります。QWERTY配列ではこのようなケースが多発します。

もちろん英語の「TEXT」と「TEST」の例のようにどの言語にも同じような問題がありますが、日本語の場合は、まず1字2字違いの語句が多いことでスワイプの軌道から発生する候補が多くなり、さらにそのそれぞれに対して同音異義語の候補が生れる、といった特性によってスワイプ入力にとってハードルが高い言語となっているのかもしれません。

​アルテ日本語入力キーボードが取り組んだ「定形スワイプ」

しかし日本語とスワイプ入力は相性が悪かったとしても、日本語でもキーボードの画面をなぞって複数の文字を入力するという考え方は応用できる可能性があります。

アルテ日本語入力キーボードではそこに着目し、なぞる範囲を増やして日本語ではどこまでタッチを少なく出来るのか、ということに取り組んでみました。その結果、濁点の入力、および、拗音、拗長音、連母音など一定のパターンについてはなぞって入力することを可能にできました。たとえば「授業料」と入力するのは、アルテローマ字入力でもターンフリックでも3回の操作で完了します。

この方法ではアルファベット圏のスワイプ入力と異なり、定形パターン以外はなぞり書きできませんが、なぞるパターンと出力される仮名文字が1対1で対応する確実性は担保されています。

英語に代表されるスワイプ入力は「単語全体をなぞることを前提に(候補選出に不確実性があっても)ソフトウェア制御で確実性を高めていく」というアプローチです。

一方アルテ日本語入力キーボードが取り組んだのは「まず確実性の確保を前提に(全ての語句はなぞれなくても)なぞって入力できる定形範囲を拡大してゆく」というアプローチです。

このように最優先にしていることが違っても、複数回のタッチをなぞる操作に置き換えて速く楽に入力できるようにする、という点では同じコンセプトに基づいていると言えます。

またアルテ日本語入力キーボードのいわば「定形スワイプ」は、漢字語句によく現れるパターンをスワイプで入力できるようにしています。たとえば「KOU・JOU」の下線部は母音が連なる連母音といわれる部分で、定形パターンとしてスワイプできます。「JUGYOURYOU」のような拗音・拗長音も漢字語句で良くあるパターンで定形スワイプの対象となります。欧米型のスワイプにとって候補多発の元となりがちがった漢字語句ですが、定形スワイプでは逆に漢字語句の特徴を活用している形になっています。

定形スワイプと欧米型のスワイプとの善し悪しは単純比較はできませんが、だだ日本語には欧米型のスワイプ入力が適さなくとも、日本語独自の伸び代が備わっている点は押さえておいても良いのでないかと考えます。

日本語型「フルスワイプ入力」の可能性

ここまでは、スワイプ入力における日本語の不利な点に関して述べてきました。しかし、QWERTY配列を使うという前提を変えれば話は違ってくるかもしれません。

 

たとえばアルテローマ字入力で「こうてい」と入力する場合、現状でもKOU(こう)・TEI(てい)は2スワイプで入力できます。その2つのスワイプの間を真ん中の図の赤い線でつなぐことが出来れば、「こうてい」の4文字を1スワイプで入力できることになります。この例では、赤い線でつなぐ時にNを通過しますが「こうんてい」という言葉は無いので、他の候補が出力されることなく「こうてい」と入力できることになります。

もちろんアルテローマ字入力の配列に欧米型のスワイプ入力を搭載した場合でも、1つのなぞる軌道から複数の候補が出力される場合があります。しかしアルテローマ字入力では、あらかじめ清音、濁音、拗音、拗長音、連母音の入力に関しては、なぞる軌道に対応して出力される文字が1対1で対応するため、QWERTY配列をベースにするよりは格段に複数候補の発生を抑えることができます。

 

またQWERTY配列ではキーの数が多く密に詰まっているので、なぞる軌道の通り道に近接するキーの文字も、なぞる範囲で通過した文字とみなして候補が出力され、かなり多くの候補が発生します。一方アルテ配列では個々のキーが大きく、また密に詰まっていないため、”みなし通過”による候補発生が抑えられます。

 

さらに日本語は分かち書きしないので、英文でも不可能だった短文まるごとスワイプする「フルスワイプ入力」も展望できます。たとえば『京都で下車』という文は、現状のアルテローマ字入力ではKYOU・TO・DE・GE・SYAと5回のスワイプで入力できますが、これをつないで1回のスワイプで入力することは、欧米型のスワイプ技術を応用することで実現できると考えられます。

一方英語では分かち書きになるので、Get off at Kyotoと4回のスワイプです。共に文字数が13文字なのは偶然ですが、日本語の「フルスワイプ入力」の方がさらに高い入力効率に到達できる可能性もあります。

*「フルスワイプ入力」は欧米型のスワイプ技術を組み込めないと実現できないため、まだ試案の段階となっています。

最後に​

海外でのスワイプ入力の普及は、いわゆるクリティカルマスを越え、一層の普及と精度向上に向っています。どこかでその潮流が変わって後退が始まり、従来レベルまで後戻りすることは最早なさそうです。

一方、もし今後も日本語入力に進化が起きず、海外と進歩の歩みを共にできなければ、月日がたっても、フリック入力が苦手な人の割合は今とそう変わらず、フリック入力を習得しても、海外のスワイプ入力より効率が低いまま、ということになってしまうかもしれません。

そう考えれば、日本語にも本格的なスワイプ入力が投入されるかどうかは、結構重要なことかもしれません。

しかし、複数の企業が恣意的にスワイプ入力の日本語外しを行っているのではなく、もし本当に日本語にはスワイプ入力に不向きな特性があって、一定水準のスワイプ入力を実現できないのであれば、現実問題として日本語の進化をスワイプ入力に頼ることはできなくなります。
 

もちろん、日本語がスワイプ入力には不向きというのは推測に過ぎないので、いずれ語彙力と精度を増した日本語版スワイプ入力が新たにリリースされる可能性も無いとは言い切れませんが、これまでの経過からするとその可能性を高く見積もるのは難しいかも知れません。

ただスワイプ入力が日本語に向かないとしても、単に欧米型のスワイプ入力に適した特性が不足しているだけであって、言語として入力方法をさらに進化させる特性を備えていないということではありません。

日本語にも「定形スワイプ」という伸び代や、その先に欧米型のスワイプ入力を越えるかもしれない「フルスワイプ」の可能性が備わっていることも、ご理解いただけますと幸いです。

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